目次
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京都
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宿場
東海道五十三次
51.
水口宿
名物千瓢
歌川広重
天保3〜4年(1832〜33)
水口宿の現在の風景
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
撮影 2001/2/17
土山を過ぎると、山はしだいに遠のき平地に出る。水口の宿はそのあたりにある。図は、名産の千瓢造りを描いたものである。左側の女性は、夕顔(ウリ科)の果肉を細長く帯状に削り、そして、1人はそれを干してならべている。この干しあがったものが千瓢である。
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山の形から、干瓢を干す画が描かれた付近と思われる北脇畷。 近年松並木も整備された。
水口宿
の見どころ
水口宿 桝又旅館
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
2001/2/6撮影
水口宿 横田川渡しと常夜燈
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
2001/2/6撮影
宿場に関係する建物が殆どなくなった今日、鍵町の桝又旅館は 江戸時代の旅篭屋の姿を伝えていて貴重である。
「東海道十三渡し」の一つ、ここの常夜灯は文政五年(1822) 万人講で鐘立されたもので、総高さ7m余、東海道随一の規模。
水口城跡
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
2001/2/6撮影
岩谷氏邸の武家屋敷門
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
2001/2/6撮影
天和二年賎ケ岳七本槍の勇将加藤義明の孫加藤明友が二万石で入封し、 碧水城と命名し、水口藩が成立、廃藩置県まで統治が続いた。
城を中心とした武家地はr郭内」と呼ばれ、門や木戸あるいは長屋によって 町屋敷とは厳重に区別された。
宿場西端・石橋町
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
2001/2/17撮影
大岡寺
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
2001/2/17撮影
ここから東海道が三本に分かれて紡錘形になり、また一本に戻る。
岡観音とも呼ばれる観音霊場で、近江西国二十六番札所、鴨長明も宿 泊したといわれる天台宗の寺院である。
鵜飼本陣跡
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
2001/2/17撮影
脇本陣跡
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
2001/2/17撮影
街道の面影を残す水口神社参道と曳き山の山倉。
写真・文 ねこ虎様(北びわこ)
2001/2/17 撮影
狂歌で下る東海道五十三次
はげ山は石部よ横田川わたり水口きせる鰌汁あり
石部は滋野井の子別れ(「丹波与作待夜の小室節」)で有名な宿場です。次の水口宿は、名物に干瓢・煙管・どじょう汁などがあります。干瓢を作る女が広重の絵に描かれています。がくべえさんの「東海道五十三次今昔物語」にありますので、見てください。
どじょう汁をたらふく食べて、きょうはここにとどまりたいと思います。(突然ですが、ここでクイズ。前の一文に、どじょうの他にお魚さんが何匹[尾}隠れているでしょう)(答え、五匹。鱈・河豚・とど・鯛・鱒)
次は土山宿。前出の『伊勢参宮道中記』に
「土山の内大野村と申所、鳥の吸物名物」
とあります。楽しみだぞ。年をとると、どうも食い意地が張っていけません。ではまた。
寄稿 八代市 ちくたく凡様